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CHAPITRE IV
“LE CONCERTO DES DESCENDANTS”
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いいかい、アリス。
この事は私たち
二人だけの秘密だよ。
え……?
この部屋での出来事も、
私たちの事も………
お互いの心にだけ
留めておくんだ。
約束してくれるかい?
……なるほど、
そうだったのか。
ん……?
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これが……あなたの
いつものやり口なんだ。
自分が携わった人々から
秘密が漏れないように……
こういう方法で
口を塞いできたんだ。
今までもずっと……
な………
突然何を
言うんだ。
色んな土地で……
色んな偽名を使い分けてきた。
正体を隠すために。
何を根拠に、
そんな……
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だって、そんな
理由でもなければ……
こんな、顔も悪くて
歳もいってる人、相手に
してくれるはずないもの。
他にも大勢いるんでしょ?
“二人だけの秘密” を
共有している女の子は。
……………。
あなたの正体は
もう見抜いた。
見抜いた以上、
あなたを信じる事は
出来ない。
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…………なら、
私のことを警察に
報告するか?
えっ……
いや、
それは……
ま、まだ………
待っていてやらない
でもないけど……
その…あなたは
まだ包帯が
取れないし……
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あの金髪の女の子、
昨日から姿が見えなくてね。
そ……それは
不思議ですねぇ。
ははっ。
ま、よくある事だけど。
全く、どこをほっつき
歩いてるんだか……
あの子の入院証明書と
その他諸々必要書類。
あとこれに目を通して
サインを……
はいはい。
…………。
ねぇ、先生。
ルビーって幾らぐらい
するもんなのかなぁ。
ん?
ルビー?
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そりゃあ、ものに
よるだろうけど……
例えばどんな?
うーん、
何て言うか……
形は丸くて……
大きさは
これくらいで……
あっはっは!
そんな
大きなルビー、
ありゃしないよ。
え?で、
でも……
あんたが言ってるの
「ウルフォーゲルの
オーブ」の事だろう?
ニュースに出てたやつ。
あれはねぇ、
人工ルビーなんだよ。
宝石としての価値は
全く無いんだよ。
人工……
ルビー⁉︎
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本物のルビーだったら
べらぼうな値段がするん
だろうけどねぇ。
本物じゃ
ない………
一体どういう
事……?
あ、いたいた!
おいアリス。
郊外まで出掛ける
用事が出来たんだ。
ちょっと付き合え。
誰?
えーっと、今事件を
一緒に捜査してる…
ああ、同僚さん?
アリスはもうお返ししますよ。
ちょっと書類の手続きをね。
例の銃撃事件の被………
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あああああああ、
私たちもう行きますね!
先生もお忙しいでしょ!
やっぱり
書類は郵送で
お願いします!
え?あぁ……
……そうだよ。
もちろん天然のルビー
なんかじゃないさ。
わっかんないなぁ。
そんな物がなんで
宝物扱いされるのさ。
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芸術品の価値ってのは
素材の値段じゃないだろ。
物質ではなく、
そこに載っている情報に
値打ちがあるのだ。
あの変な鳥の像に
芸術的な価値があるとも
思えないけどなぁ……。
ところで、今日は一体
どこに行くわけ?
かなり田舎だ。
そこに住んでる
事件の関係者に
会いに行く。
関係者って?
ウルフォーゲルのオーブの
本来の持ち主だ。
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よしよし、みんな
心配かけてごめんね。
飛行船が落ちた時は
どうなる事かと……
戻って早々だけど、
今日は皆にやって
もらう事があるの。
でも、ボス。もう
アジトを移さないと
危険ではないですか?
心配ないよ。
この国の警察や諜報部は
何も掴んじゃいない。
私は幸運にも
警察の事件担当者に
近付く事が出来た。
現在、その警察官の
自宅に潜伏中である。
こんな短期間に
そこまで……
毎度の事とは言え
流石はボスだ。
では早速、仕事の準備に
取り掛かりなさい。
ウィ、ボス!
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あ、そういえば……
あいつからは……
何か連絡あった?
え、パトロンから
ですか?いいえ、
今のところ何も。
……………。
そう……。
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ウルフォーゲルのオーブの所有者、
ハワード・ザッハトルテ卿。
元政治家だ。
国会議員で
外務大臣まで務めた
経歴の持ち主だ。
外務大臣……⁉︎
でも、そんな名前
知らなかったな。
百歳近いジジイだよ。
外務大臣だったのも
俺達が生まれる前の話さ。
で、政界引退後は
田舎の屋敷に引っ込んで
隠居生活中ってわけ。
博物館のティラミス館長とは
現役当時からの知り合い
だったらしい。
博物館のオープン記念の
目玉が欲しかった館長が
ザッハトルテに頼んで……
門外不出の家宝である
オーブを貸してもらった、
という事なんだそうだ。
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ささ、どうぞこちらへ。
主人がお待ちかねです。
おう。
ご主人様……
お客様をお連れしました。
うむ……
入ってもらいなさい。
暗いな……
ジョニー・ジェームズです。
捜査状況についてご報告に……
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うむ、ジョニー君。
よく来てくれたね。
今日は少し体調が悪くてね。
椅子に座ったままで
失礼するよ。
オーブの行方は
分かったのかね?
ライオンだ……!
昔ながらの
ライオン貴族……!
いいえ、それは
まだですが……
捜査は順調に進んで
おります故、もう
間もなく……
うむ、
大変結構。
嘘ばっかり。
ところで、
お連れの方は?
失礼。ご紹介が
遅れましたが……
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彼女は一緒に捜査を
している相棒でして、
首都警察局の……
アリス・シャーロック
刑事です。
そうでしたか。
初めまして、刑事さん。
私がザッハトルテです。
ジョニー君と私は
古い馴染みでね。
出来ればこの件は
内々に済ませたかった
のだが……
警察のご厄介になる
とは、大事になって
しまいましたなぁ。
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……………。
……ザッハトルテさん。
失礼なようですが……
大切な宝玉が盗まれた
割には、随分冷静で
いらっしゃいますが……
ホッホッホ……
私のような年寄りに
なると……
多少の事では動じ
なくなるのですよ。
あのオーブは主人が
何十年だか前にご友人に
頂いたとかで……
それ以来、一度も屋敷の
外に持ちだした事は無かった
そうなのですが……
オーブはこの
屋敷の中で保管を?
ええ、そうですよ。
地下の大金庫に。
ご覧になります?
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オーブを保管して
いた金庫です。
すげぇ!
扉や壁は全て鋼鉄製で
錠前も最高級のもの……
それに警報機は
地元の警察署に
直結されてます。
あのジジイ、根は小心者
なんだぜ。こんな大袈裟な
金庫まで作らせちゃってさ。
さっきは平気そうな事
言ってたけど、今だって
内心ドギマギしてんのさ。
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ここまで頑丈な金庫なら
今までアーセニウスが手を
出せなかったのも頷ける……
そうですよ。それを
あんな博物館に貸し出した
ばっかりに……ブツブツ
こんな分厚い扉だと
普通に開け閉めするのも
大変そうですね。
まぁ、でも実際
滅多に開ける事は
無いんですよ。
オーブを見るのは
十年に一回か二回
ぐらいでした。
いざ金庫を開ける時は
決まって大勢のお客様が
お越しになるんですよ。
お客さんが
大勢?
ちょっとした
パーティ状態
ですね。
それも名のある方ばかり。
警察署長や政府高官、
軍上層部のご友人も……
へぇ…
大した人脈……
流石は元政治家
だわ。
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それは今から
説明します。
本日の任務……
それはズバリ、
暗号解読。
暗号解読?
有り体に言うと
ハッキングね。
よほど複雑な暗号だから、
並大抵のコンピュータじゃ
解読できない。
膨大な計算資源が
必要になるの。
ははぁ。ここにある
コンピュータをフル動員して
解読させるんですね。
一台では無理でも、沢山の
コンピュータで並列化すれば
能力は上がります。
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ちょっと違うかな。
ここにあるのは
ただのサーバ。
計画全体の
指揮をするだけ。
実際に仕事をする
クライアントは
これから集める。
どうやって
ですか?
ネットに繋がっている
世界中のコンピュータを
乗っ取るの!
そして、私たちの持つ
データを送り込んで
並列処理で解読させる。
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解読したデータは
再度ここに集約されて
完成するってわけ。
そんな事、
本当に可能なんですか?
大体、どうやって侵入を……
どんなコンピュータにも
バックドアがあるもんだよ。
アメリカ政府用のね。
しかし、見も知らぬ他人の
コンピュータを勝手に使って
迷惑を掛けまくるのは……
いやいや。
他人のコンピュータを
占領して使用不能に
するわけじゃない。
余ってる処理能力を
ほんのちょっとずつ
盗み出すだけ。
持ち主は
侵入された事にすら
気付かないはず。
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それに、今回はあちこちの
国にあるダミーの中継基地を
経由するつもりなんだ。
万が一ハッキングが
発覚しても
この場所は安全。
ははぁ、
そんなことまで
考えていたとは。
用意周到
ですね。
各国の機関に問い合わせ……
発信元を突き止める頃には
私たちは既に去った後。
管轄が枷となって
連中の動きを
遅くするの。
国境を跨いで飛び回る
私たちに、警察は
追い付けっこない。
流石はボスだ!
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見ろ、アリス。
あそこを飛んでるのは
オオハクチョウだ。
は?
渡り鳥だよ。今の時期、
アイスランドの方から
南下してくるんだ。
連中向けに
冬だけ営業する店が
グラスゴーにあって……
はぁ……
それにしても、
鳥類の生態に随分
詳しいんだね。
ああ。
こう見えても本業は
鳥類学者なのさ。
え、本業…?
フッ……
冗談、さ。
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俺はな……
鳥が好きなんだ!
へぇ〜……
おい、そんな顔するな。
好きって言っても
そういう意味じゃない。
全く、あんな
いけ好かない連中の
何がいいのかねぇ。
お前は鳥、
嫌いなのか?
全部が全部じゃないよ。
皿の上で大人しくしてる
鳥は好きだし。
あははっ。
そりゃそうだ。
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でも、大空を飛び回る
鳥は自由の象徴だろ?
だから
いけ好かないの!
勝手に国境を超えてきて
我が物顔で街に居座って、
都合が悪くなったらトンズラ。
あいつらは法律なんて、
地面に足が着いてる生き物に
しか関係ないと思ってる。
武器や麻薬密輸の
温床にもなってるのに、
取り締まりようがない。
確かに、警察にとっては
厄介な連中かもな。
なぁにそれ!
人ごとみたいに。
あなただって
連中を取り締まる
側でしょうが。
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大体、そんな自由な生き物を
檻に入れてペットにしてたのは
どこの誰だっけ?
くくく……
痛いところを
突いてくる。
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今日は手間、
取らせたな。
いや、別に……
ま、五課の花形
捜査官とは言っても
仕事はこんなもんよ。
地味な取り調べに
偉いジジイの
挨拶回り……
スパイ映画に出てくるような
大冒険を期待してたか?
………。
そんな事思ってないよ。
子供じゃあるまいし。
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な、なんかハンドルが
硬くなったような……
回す事は回せるのか?
なら、まだパワステが
切られただけだ。
……⁉︎
た、大変……!
ブレーキが効かない…‼︎
しかもスピードが
どんどん上がってる!
コッドは
追跡ミサイルの
一種だが……
車や航空機に噛み付き
車体に偽の信号を流して
操縦を乗っとるんだ。
操縦を乗っ取る⁉︎
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車載コンピュータや
オートパイロットを
自動的にハッキング。
一度操縦を奪ってしまえば
後は望みの場所に誘導して
捕まえるなり……
事故に見せかけて
崖から落として殺すなり
自由自在ってわけだ。
魚型のミサイル……
まさかあの飛行船も?
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じゃ、じゃあそのミサイルを
引剥がしたら元通りに?
ああ……
だが、そう簡単には
いかない。
噛み付いた状態のミサイルを
強引に引っ張ったり、衝撃を加えると
爆発するんだ!
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い、一体どうすれば……
幸い、ミサイルが
噛み付いてるのは
トランクのフタだ。
トランクを壊して
フタごと取り外す!
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ははは……
まぁ………
そういう展開になる
のがお約束だわな。
馬鹿な事言ってないで。
大丈夫なんでしょうね。
タイムリミットまで
どれくらい時間が?
わかんないよ!
カーナビは動かないし、
携帯電話の地図じゃ……
クソ頑丈に
作りやがって……
……よし、
あとはここを
切れば……
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流石の俺も……
今回、ばかりは……
……肝を冷やしたぜ。
だが……これで
あの連中の正体は
分かった。
正体……?
ああ、あんな馬鹿げた
兵器を使ってる所は
一つだけさ……
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あのクソッタレな
ミサイルを作ったのは
アレックス博士。
六課の局員で、
兵器開発部の部長だ。
※道端にあったクルマを借りパク中
ああ、心配するな。
あのクソ野郎とは
顔見知りだから。
とにかく博士の家に
行ってミサイルの
事を調べないと……
さぁ、着いたぞ。
この先だ。