第5章 ルビー色の銀河
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CHAPITRE V
“LA GALAXIE RUBIOUS”
キャー‼︎
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大丈夫、ここ
まで来れば……
死ぬかと思った……
さっきのは一体……?
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あなた!
しっかり……
………………。
…………。
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うぐ…!
痛っ…。
……………。
……?
誰かいる?
身体が
動かない……
ここは、
どこなの……?
………………、
………………。
なに……
英語で喋ってるの?
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ああ、そうか。
アーセニウス……
来てくれたんだね。
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すまない。
君を探し出すのに
時間が掛かってね。
ここは……
病院なのか?
そうだ。君は
怪我をしたんだよ。
怪我……?
……そうか、
そうだったな。
危険な目に遭わせて
すまなかったね。
いいんだ。
一緒に居たいと
願ったのは
私だから……
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願い事は気を付けて
しなければ。
仲間になった事、
私は後悔なんて
してないよ。
例え私が誰かに
毒を盛られ……
倒れるような事が
あっても、こうして
私の王子様が……
魔法のキスで
起こしに来てくれる。
そうだろう?
……ああ、
そうだとも。
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邪魔するぞ。
どうしたんだい、
こんな時間に。
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保安局捜査官の
ジョニー・ジェームズ。
彼女は首都警察局の
シャーロック巡査部長だ。
……はい、
いらっしゃい。
アレクサンダー・
ネクアータ博士です。
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ホットココアを
淹れましたよ、
シャーロックさん。
ジョニー君も
飲むかい?
いらん。
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六課の中の誰かが
オーブを
欲しがってる?
そんな話は
初耳だけど……
捜査中の俺達を
形振り構わず
消そうとしたんだ。
俺達が見つけるよりも前に
アーセニウスからオーブを
横取りするつもりなんだ。
あるいは彼ら自身に
アーセニウス一味との
繋がりがあるのか……
六課にアーセニウスの
共犯者……あまり
考えたくはないな。
とにかく、お前の
発明品のおかげで
死にかけたんだ。
今回ばかりは調査に
協力してもらうぞ。
はいはい……
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コッドミサイルね。
確かに設計したのは
僕だけど……
誰が何の作戦に
使ってるかまでは
関与してないから……
お前の権限で
直近の利用者一覧を
割り出せないか?
ちょっと難しいな。
結構前からある兵器だし、
そこまで詳細な記録は……
俺達を襲った
奴らが誰なのか
知る必要がある。
奴らの身元さえ
突き止められれば、
今度は俺達が攻勢に……
もういい。
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そんな事、もう
どうでもいいの……
アリス?
おいおい、何を
言い出すんだ。
やられっぱなしで
いいわけないだろ!
ここで引いたんじゃ…
やめて!
な、何なんだよ
いきなり……
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こんなの
もう沢山!
なんで私が
こんな目に遭わなきゃ
いけないの⁈
ウルフォーゲルの
オーブって一体何⁉︎
なんであんな
ルビーをみんなが
欲しがるの⁉︎
まさか、君……
何も教えてないのか?
あのオーブの
秘密……。
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ば、ばか言え。
秘密だなんて……
あんなのは
ただの噂で……
君たちを襲った
連中は、そうは思って
ないみたいだけどね。
ジョニー。
………………。
言ってよ。あのルビーに
一体何があるっていうの?
…………。
教えてあげなよ。
彼女には知る権利が
あるはずだよ。
このヤマがどれほど危険か
事前に何も知らされず
ここまで連れ回されたんだから。
………。
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……あくまで
不確定な情報に
過ぎないが……
あのオーブの中身
に関する話だ。
中身……?
中身って何?
あれは単なる
宝石じゃない。
あのルビーは……
記録媒体なんだ。
中にデジタルデータが
保存されているんだよ。
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データ解読、
87%まで完了。
現在のピア数は
3億2千万……
それで全部正常に
動いてるのがすごいよな。
どう?
今の状況は。
はい、今の所全く順調です。
この勢いなら間もなく……
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デジタルデータって?
あのルビーは何十年も前から
あるんじゃないの?
そ、そんな事は
俺も知らん!
大体、記録の原理や
情報の読み取り方法は
全く不明だし……
もし本当に
情報を読み取れた
としても……
そのデータは強力な
暗号で保護されて
いると予想される。
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データ解読状況、
現在93%……
何れにせよ、そんな
噂がいつのまにか
裏社会に広まり……
あのオーブの
“中身” の存在は
公然の秘密になった。
やがて様々な勢力が
オーブの秘密を巡って
水面下で動くことになった。
政治屋、軍、情報機関、
外国人、犯罪組織……
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そしてもちろん、
あの泥棒一味も。
それでこんな事件が
起きてるっていうの?
アーセニウスが
博物館を襲ったのも……
六課の局員が
姿を現したのも……
95%……
あと一息だな。
全部その “中身” と
やらのためなの?
……ああ。
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97%……
98%……
それで、その……
噂では……
中にはどんな情報が
隠されていると?
それはだな……
99%……
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旧ドイツ帝国が秘密裏に
開発しながら、歴史の闇に
葬られた大量破壊兵器……
その設計図が
隠されていると
言われている。
……………
……は?
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よし、早速
プロジェクタに
写してみなさい。
はい、ボス。
こ、これが……!
ええ。
これこそ私達が
探し求めていた……
旧世紀の遺産。
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な、アリス。こんなの
馬鹿馬鹿しい噂話だろ?
笑っちゃうよな……
確かにね。
でも……
どんなおかしな与太話でも、
それを信じる人がいる限り
危険な事に変わりはない。
だから君らは
襲われたんだ。
違うかい?
あー、知らん知らん。
そんなクソを信じる
奴が悪いんだ。
悪い奴が来たら
ぶっ飛ばす。
それだけだろうが。
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ジョニー!
…………。
あいつを許して
やってくれな。
あれでも本当は
良い奴なんだよ。
でも、これ以上
誰も君に強制は
出来ない。
一緒に捜査を続けるのも、
ここで降りるのも、
君の自由だから……
おやすみ。
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これが暗号解読前の
オリジナルデータですか。
ええ。
ウルフォーゲルのオーブの
内部構造図ね。
ルビーの中に刻まれた
無数の小さな光点……
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その立体座標の配列に
暗号が隠されていた。
こうして拡大して
見ると、まるで満天の
星空のようですね。
そうね。人の手で
造り出された宝石の
中に輝く星の河……
ルビー色の銀河。
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気が付きませんでした。
この鳥が点々の集まりで
出来ていたなんて。
視点によって
有り様は大きく
変わるんだ。
個の集合体が、俯瞰すれば
漠然とした一つの存在になる。
小さな水滴が集まって出来る雲。
音色の連鎖が織り成す音楽。
人々の人生が形造る街の雑踏。
一つ一つの個の存在、
価値は見過ごされて
しまいがちだけどね。
銀河が星の集まりで
ある事を、過去の人々が
見抜けなかったように。
さながら、この鳥は
ルビー色の星雲って
ところですね。
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監視対象の女性が
通りに現れました。
自宅に戻る所の
ようですね。
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分かった。
すぐそっちに行く。
例の警察官の所へ?
うん、もう一度
会ってくる。
ボスもマメですねぇ。
もう放っておけば
いいのに。
今の状態で放置すると
余計な事を言いふらす
可能性があるの。
まだ完全に信用
されたわけじゃ
ないからね。
最後の一押し。
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はぁ……。
マリーはどこへ
行ったんだろう……。
……もう、戻って
こないのかな……。
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やぁ、アリス。
マリー。今まで
どこにいたの?
何だ、君。
あまり元気がないな。
どうかしたのか?
え?
いや、別に……
何でもないよ。
良かったら、
ちょっと二人で
出掛けないか?
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なに、今日はどこに
連れて行ってくれるの?
それは着いてから
のお楽しみ、さ。
……ねぇ、一体
どこまで行くの?
この場所だ。
ちょっと何してんの?
こんな裏口みたいな
所に勝手に入って……
いいから、
いいから。
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ねぇ、ちょっと。
これ非常階段じゃ
ないの。
大丈夫、
大丈夫。
あ……あれ⁉︎
こ、ここは……
ここは
映画館の中だ!
そうだ。
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こんな所に
私を連れて
きて……
誰かに見つかったら
どうするんだ。
ふ、不法侵入だぞ。
はは、不法侵入
どころの騒ぎじゃ
ないさ。
そら、これを
見てごらん。
あっ……‼︎
こ、これは……⁉︎
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秘密探偵
メール・ブランク
の映画だ!
こっちでは上映
されないはずなのに、
どうして……?
ふふ、驚いたかい?
あなたの
仕業……?
こう見えても機械を
扱うのは得意でね。
実は今日、ちょっと
コンピュータを使う
作業があって……
そのついでに
用意しておいたんだ。
用意しておいたって……
一体どうやって?
簡単な事さ。最近の映画館は
みんなコンピュータ制御で
映像も遠隔配信だからね。
アメリカにあるデジタルシネマ
配信センターのサーバに侵入して
映画のデータを盗みだした。
えーっ‼︎
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丁度この時間
この部屋が
空いてたからね。
データを転送して
ここの映写機にセット
しておいたってわけ。
今このフロアには
従業員が居ないのも
確認済み……
どうだ。
どうって……
一緒に映画でも、
観ないか?
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ば……
馬鹿言うな!
私は警察官だぞ。
盗んだ映画なんて
誰が……
いいじゃないか。
どうせ上映されなかった
映画だ。
犯罪は犯罪だ!
……あ、そう。
君がそれでもいい
ならいいけど。
言っておくが、
劇場でこれを
観られる機会は……
今夜が最初で最後
だと思うがね。
…………。
どうする?
アリス。
…………………
…………………。
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観る。
そうこなくっちゃ。
誤解しないでよ、
これはあくまで
義務なんだから。
私には警察官として、
盗品を検分し適切な
処置を取る責任が……
ああ、そうだな。
ワーハッハッ
ハッハッハ‼︎
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それ以上近付いてみろ、
メール・ブランク。
ここにあるミサイルの
発射スイッチを押すぞ!
くっ、卑怯だぞ、
エッグノッグ伯爵!
あー、しまった!
今だ、ブランク!
………。
映像は綺麗だけど、
内容はTV版に輪を
掛けて酷いな……
なぁ、アリス……
………?
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………。
やったな、
ブランク!
ああ。正義のスパイ探偵、
メール・ブランクに不可能は
ないのさ!
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正義は、必ず勝つ‼︎
……私の、憧れ
だったんだ。
メール・ブランクが?
子供の頃のね。
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ワクワクする
秘密兵器を沢山
持ってて……
頭が良くて、
強くて、
かっこよくて……
私も、彼みたいな
ヒーローになりたかった。
それで君は
警察官に?
ああ……
そうかもね。
犯人を追いかける
警察官は現実世界の
ヒーローだから……
皮肉だよね。
正義の味方を目指して
いたはずなのに……
こうして大人になった今、
犯罪者と肩を並べて
盗品の映画を観てる。
ははっ。
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挙句に、その犯罪者に
夢中になってしまって
いるなんて……。
よくもやってくれたな、
メール・ブランク!
だが、覚えていろ!
我輩の野望は
終わってはいないぞ!
次こそは吾輩が
勝利するのだ!
ワハハハハ!
…………。
ねぇ、あなた達一味の
目的って一体何なの?
やっぱり世界征服とか?
はぁ?
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いやー、見事な
クソ映画だったなぁ。
ありゃコケても
仕方ないわ。
あっはっは。
えっ…そ、そうか。
他の映画にした方が
良かったかな……
いや、嬉しかったよ。
私は楽しめたし……
今日は、ありがとう。
……ああ。
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さぁ、アリス。
見てごらん。
わぁ、すごく綺麗!
ずっと住んでる街なのに、
こんな風に見下ろした事
なんて無かった……。
君の家は
見えるかな?
うーん、多分ここ
からじゃ建物の影に
なってるかな……。
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……やっぱり、
行っちゃうの?
ああ。
一箇所に留まるのは
危険だからね。
またどこか
別の国に行くよ。
……………。
一緒に、暮らさない?
え?
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もう泥棒なんか
辞めてさ。
仕事も、あの宝石も、
全部かなぐり捨てて……
私の家で平穏に暮らすの。
…………。
追っ手の方は
私が何とか誤魔化して
みせるよ。
これでも私、
警察官なんだから。
……………。
………好きなんだ。
あなたの事が。
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……ふっ。
残念だけど、それは出来ないよ。
私にとっては大切な仕事なんだ。
私たち一団は
根っからの
根無し草……
国から国へと
飛び回る、
自由の鳥さ。
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自由の鳥はね、
いつだって大冒険に
飢えているんだ。
一つの街に
ずっと居る事なんて
出来やしない!
……………。
そっか、
そうだよね……
54ページ目
分かってくれ、アリス。
私も本当は辛いんだ。
きっとすぐに戻ってくるよ。
君に会うためにね。
白々しい嘘……
二度と戻ってくる
はずがない。
私なんて……
彼女にとっては
何でもないんだ。
その言葉を
信じられたら
いいんだけど……。
アリス、何を
言うんだ。
もちろん、
嘘なんかじゃないさ。
信じてくれ。
55ページ目
確かに過去には
色んな人がいた……
でも、今は君だけだ!
…………。
君だけを愛してる。
マリー……。
この気迫……
うっかりしたら信じて
しまいそうな……。
ああ、アリス……
……………。
56ページ目
57ページ目
どうした?
あ、あ……
い、いま気付いた。
あなた……
やっぱり嘘をついてる。
アリス、何の
根拠があって……
だって、こんなの……
何も感情がこもってない。
あの時とは全然違う。
あの時?
あの夜……
あなたが撃たれた後。
58ページ目
あなたは寝ぼけて……
私を誰かと間違えて…
私に、キスをした。
59ページ目
あの時のキス……
あれは本当に愛する人の
為のキスだったんだね。
……。
あの時、あなたは
アーセニウスの名前を呼んだ。
あなたはアーセニウスを
愛してるんだ。
……き、君。
そうか。段々
わかってきた。
彼は男性で
アメリカ人……
でしょ?
60ページ目
なっ……なんだい、
藪から棒に……
あなたの話し方を
“観察”していた。
何だと?
怪我で錯乱状態の
人が無意識に外国語を
話すのは難しい……
咄嗟に出るのは母国語。
あなたの場合はそれが
フランス語だった。
一方で英語はアメリカ訛り……
発音も母国の学校で習っただけ
にしては完璧すぎる。
現地の人々と直に
接して覚えたんだ。
問題はそのきっかけだ。
アメリカに留学していた?
それとも移住した?
61ページ目
否、どちらでもない。
君、ふざけるのも
いい加減に……
男性的な口調。
長期の留学等で不特定多数の
言葉を耳にしていれば偏った発音、
言い回しにはならないはず。
きっと同性の言葉遣いを
聞いて覚える機会があまり
なかったんだ。
閉鎖的な環境で
極少数の男性に英語を
教わったんでしょ。
あなたの場合、つまりは
アーセニウスから。
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あなたは国を捨てて一味に
加わったんだ。何年もの間、
行動を共にするうちに……
口調や身の振り方が
無意識に……
や、やめて
くれ……。
……………。
はは、あなたが顔を
こんな風に赤らめるの、
あの時以来だね。
私の前ではどんな時も
冷静だったのに、彼の事を
言われただけでこれだ。
63ページ目
ひどい人……。
大勢の女の子の心を盗んでおいて、
自分はずっと彼の事を……
でも、単に
恥ずかしがってる
だけじゃないね。
………。
その表情は……悲しみ?
憎悪?それとも後悔?
なんだろう……
あ、もしかして……
捨てられたの?
64ページ目
65ページ目
66ページ目
あ…………。
67ページ目
あ、あの……
その……
恋愛ごっこは……
もう終わりだ。
もう……君に
嘘はつかない。
真実だけ、言う。
君の事など、初めから
愛してなんかいない。
騙して従わせようと
しただけだ。
68ページ目
………………。
でも、もういい。
マリー……
69ページ目
TO BE CONTINUED...