第6話 敗北の夜
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第6話
敗北の夜
副都に向かう
汽車は?
今日の午後に…。
この後、駅に向かう
つもりです。
そうか……。
副都サミットは
この大陸で最も重要な
国際会議の一つだ。
我が国の顔として
国際社会の表舞台に
立つことになる…
君にとっては初の
機会だな。
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ホスト国として、
毅然とした態度を
崩さぬこと…
外国の連中に
臆する必要など
ないからな。
ええ…本当に。
責任重大……
ですね。
…………。
……浮かない
顔だね。
さすがに
不安…かな?
あっ…いっ、いえ。
そういうわけでは
ないんですが…。
私が一緒について
いってあげられたら
よいのだが。
副都は忌み地……
王家の者は足を
踏み入れることは
できない習わしでな。
すまない。
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すまない
だなんて、
そんな…。
大丈夫だ。
君ならきっと立派に
やり遂げられる。
なんせ君は私の
自慢の総理大臣
だからね。
…お心遣い、
感謝いたします。
陛下。
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駅に行くぞ。
はい。
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あれからまだ、
お互いの顔をまともに
見れていない。
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見つけたぞ、
総理大臣だ!
今、ちょうど
列車に
乗り込んでる!
列車番号は
見えるか?
AT…092…
101号だ。
よし、メモした。
俺はこの情報を
伝えてくる。
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ん?
今何か…
……気のせいか。
警備部長、
全員乗車完了
しました。
よし、
発車を
許可する。
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お疲れ様
です!
おう、
ちょうどいい
ところにきた。
ちょっと
休憩してくるから
代わってくれ。
はい、
先輩。
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さようなら、
人間の総理大臣。
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車内に異常は
ありません
でした、総理。
そ、そうか。
………。
…副都へは
5時間ほどで
到着します。
今夜は
副都総督との
ご会食の予定が。
その後、明日から
始まるサミットに
備えて……
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予定ぐらい
分かってる。
何度も説明して
くれただろ。
そ、そう
ですね。
…………。
ああ、
気まずいな
……。
……早く副都に
着かないだろうか。
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……田畑
ばかりだな。
はあ?
王都のような
都市部は
ほんの僅かだ。
国土の大半は
森や荒野…
その合間合間に
農村が広がって
いる。
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こうして通り過ぎるだけの
景色の中にも、
無数の名も無き人々がいて…
多くは教育の機会を得られず、
読み書きすらできない者もいる。
…私は生まれも育ちも
王都でしたし、普通に
学校にも行ったので、
想像しづらい世界です。
確か、
国中に学校を作る…
というのが総理の
政策なんでしたっけ。
そうだ。
なぜ学校を
作りたいん
ですか?
人々に知識を
授けられるからだ。
そして知識は
次の知識を得る
力になる。
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無知…とは、暗闇の中で
苦痛にもがくようなものだ。
知らずに互いを傷付けあう。
知識を授けることで
救える人々もいる。
……なぜ、
人々を救いたい
んですか?
えっ、
なぜ…?
なぜって、
それは……
………。
……だいぶ
薄暗くなって
きたな。
え、ええ。
もうすぐ
副…
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ナオミ!
ナオミ!
起きろ!
起きろ!
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おい、
起きろ!
んん…
総理…?
ああ、良かった。
生きてたか。
これは…
列車が横転
したのか。
お怪我は
ありません
でしたか。
平気だ。
それより、
外がなんだか
騒がしいんだ。
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総理!
警備部長!
ご無事ですか!
副部長か⁉︎
一体何が
起こった⁉︎
わ、分かりません!
突然爆発が起きて…
と、とにかく早く外へ!
大変です!
‼︎
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我らの周囲に
魔物が…‼︎
魔物の大群が
押し寄せて
きています‼︎
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魔王軍‼︎
なぜこんな
ところに…
副部長!
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警備部長!
ここは我々が
食い止めます!
総理を連れて
お逃げください!
だが…っ!
行って‼︎
くっ‼︎
飛べ‼︎
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総理、
走って‼︎
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大丈夫なのか、
たき火などして。
追っ手に見つかり
でもしたら…
かなりの距離を
走りましたから、
すぐには……
それより
暖を取らねば、
凍死の危険が
あります。
……はあ、
なぜこんな
ことに…。
──部下たちを
置き去りにして
しまった。
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今まで前線に
出たこともない
あいつらを……。
戦いは
どうなった
だろうか?
今からでも
助けに戻る
べきか……
…いやいや、
冷静になれ。
私が優先
すべきなのは
総理の命…
今は総理を
守ることだけを
考えよう……。
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将軍閣下。
ご報告
申し上げます。
付近を捜索
しましたが、
人間の宰相の姿は
見えません。
捜索範囲を
広げるように
伝えろ。
必ず宰相を
見つけ出して
殺せ。
ははっ。
ふん…
逃げ足だけは
速いやつだ。
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だが時間の
問題だ。
この私、魔王軍大将
フォブルーリスの
手からは逃れられぬ。
……それにしても、
魔王軍はどうやって
私たちの列車を
特定したんでしょう?
車両は一般のもの…
出発時刻も直前まで
決めませんでした。
魔物が先回りして
列車を知らせることは
不可能なはずです。
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…政府専用の
長距離通信網だ。
えっ?
鉄道より速く
情報を伝達する手段は
それしかない。
国内各所に点在する
通信基地が
回光機を使って信号を
中継していくものだ。
1時間もあれば
国の端から端まで
情報が伝わる。
遠方の魔王軍に
列車を伝えることなど、
造作もないだろうな。
協力者が
いれば、だが。
政府関係者の
中にいるって
言うんですか?
魔王軍に
総理を売った
やつが。
そんな…
あり得ま
せんよ!
だってそれじゃあ、
これは暗殺ってことに
なるじゃないですか‼︎
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確かに、総理は
政界に敵が多いかも
しれませんが…!
でも悪いことなんて
何もしてないのに、
意見が合わないってだけで
殺そうとするなんて…
ふふっ。
ふふふ、
あはははっ。
ゲホゲホ。
…総理?
悪いことなんて
何も…か。
お前には私が
そう見えるのか。
ただの無害で、
無垢な善人に?
そんなやつに
できたと思うか?
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この年で党を率い、
人間でありながら
国の頂点に立つことが。
もちろん
汚いことだって
数えきれないくらい
してきたさ。
他人を蹴落とし、
自分が上り詰める
ために。
………。
今のこの状況を
招いたのは
私なんだよ。
どうだ、
がっかりしたか?
自分が守ってきた
相手がただの
悪人だと知って。
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ずっと……
好き勝手ばかり
してきた。
…人猫たちを
獣物だと罵る資格
などないな…。
本当の獣物は
私の方だ。
…うう、寒い。
息が苦しい。
今は寒さで
気がめいって
ますから。
少しでも身体を
温めないと…
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……ん?
なんだ、何か
内ポケットに
重いものが…
あっ…
これは…
「花嫁の守り刀」
じゃないか。
お前いい年して
こんなもの
持ち歩いてる
のか。
あ、いや…
それは……。
………。
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魔を退け、持ち主を
守るようにとの願いが
込められた小刀…
年頃となった娘に
母親が買い与え、
婚前式では枕元に置き、
結婚式でも使う…。
……懐かしいな。
自分の若い頃を
思い出す。
総理にも
あったん
ですか?
守り刀を
持たされて
いた時期が。
ああ、
あったよ。
……私が母親にこれを
買ってもらったのは、
まだ学校に通っていた
ときだったな。
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あの頃、私には
仲のいい級友がいた。
眼鏡を掛けていて、
明るい金髪を
お下げにして…
…笑顔がとても
かわいい子だった。
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私たちはいつも
一緒で、
二人とも全く同じ
守り刀を持っていた。
お互いの親が
偶然、同じ刀匠から
同じ商品を買ってた…
ってだけなんだけどな。
でも、その子と
お揃いなのが
とても嬉しくて……
少し誇らしかった。
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……愚かなことだ。
私は世の中のことを
何も知らなかった。
これを持たされた
ことの意味もな。
………好き、
だったんですね。
その子が。
ああ。
他人を好きになったのは、
初めてだったと思う。
本人にはずっと打ち明け
られなかったが…
卒業を間近に
控えたある日の
ことだった。
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婚約したの。
自分の守り刀を
大事そうに抱えながら
そう告げてきたよ。
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「おめでとう」
……って、
一言言ってやれたら
よかったんだけどな。
せめて、何も言わずに
見送るだけだったら……
今でも友人でいられたかも
しれないが。
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何年も隠していた気持ちを
勢いに任せて全部吐き出しながら、
ああ、これで今までの友情も
全部なかったことになってしまった、
と、そんなことを考えていた。
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“ ━━━━━━ 。”
………。
……あの時、あの子は
最後になんと言っていた
のだったか……。
……もう覚えて
いないが…。
去り際にあの子が見せた顔は、
軽蔑と恐怖に歪んでいた。
それきり二度と会っていない。
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やがて、私にも
結婚相手の人猫が
宛てがわれる日が
やってきた。
相手は有名な
大物政治家の
息子で……
私にとっても
古い友人だったが……。
僕は……
君のことが好きだよ、
サンドラ。
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僕こそ君の
一番の理解者だと
思うんだ。
君の趣味のこと
だって気にしない。
腕の傷のこともね。
きっと僕たち…
いい夫婦に
なれるよ。
彼の太くて
毛むくじゃらの
腕に触れられ…
今からこの人猫に
抱かれるのだ
そう思ったら、
背筋が凍るような
気分になった。
ご、ごめんな、
ラリー。
や、やっぱり
私には無理だ。
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彼には申し訳ないが、
この婚前式は失敗だった
ことにしてもらおう…。
そう考えていた
矢先だった。
いやだ‼︎
いやだ‼︎
ひっ‼︎
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ずっとずっと…
君のことが好き
だったんだ‼︎
ラ、ラリー⁉︎
なのに
今更やめる
だなんて…‼︎
サンドラ…!
サンドラ……!
ああ、君のことを
愛してる!
だ、誰か…‼︎
誰か助けて‼︎
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どうした‼︎
何があった⁉︎
あーっ、
痛いー!
痛いよー!
死んじゃ
うー!
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あの人が昔
そんなこと
を…?
私の守り刀は
あいつの腕を
かすめた。
ほんのかすり傷さ。
ほとんど出血も
していなかった。
それでも向こうの
親は大事な息子を
傷物にされたと
カンカンでな。
元より家格は
向こうが遥かに上…
うちは一方的に
責められ。
私は自分の
家族に
責められ。
ついには
家にいられなく
なった。
皮肉なものだ、
身を守るための
小刀なのにな。
それを実際に
使った私は
自分の身を滅ぼす
羽目になった。
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その後、王都を
さまよっていたところを
とある議員に拾われて…
秘書になったんだ。
その人の後を継いで
私も政治家に……。
………………
………………。
…………あーあ。
私の人生って
なんだったんだろ。
人に受け入れられる
ことも、
人を受け入れることも
できなくて…
幸せになることが
許されないなら、
せめて人々の役に
立つことをしようと
……。
でも結局仕事ですら
敵を増やしてばかりで…
こうして命を狙われる
までになった…。
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私一人が死ねば
良かったのに…
大勢の部下を
巻き添えにして
しまった…。
秘書に騎士たち…
…みんな、今頃、
もう……。
私なんて、
初めから生まれて
こなければ……
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やめろ‼︎
同情の
つもりか‼︎
……。
…分かんない。
………けど…。
52ページ目
…………。
53ページ目
54ページ目
55ページ目
ナオミ…。
……サンドラ。
サンドラ。
ナオミ。
56ページ目
TO BE CONTINUED...