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かつて、この街には
1400万の人々が住んでいたという。
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テル、こっちに
猫の絵が付いた
袋があるよ!

袋入りの食べ物は
駄目だよ、腐ってる
かもしれないから。
缶詰だけ
持っていこう。
やっぱり?



テル!
警官だ!
隠れなきゃ!

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西の大陸から流れ込んだ分厚い雨雲は
明るい太陽を覆い隠し、
凍える人々は姿を消した。
彼らがこの街に残していったのは
僅かな食料と消し忘れの電灯、
そして不気味な機械たちだけだった。




あ、トムと
人間だ。
おかえりー。
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テルの年ならちょっと
ぐらい漢字が書けても
いいはずなんだがなぁ。

うっるさいなぁ。
そういうお前は
字が書けるのかよ。
猫の手では
ペンは持てま
せぇん。

……もう
寝よっか。



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そりゃ警官の
見間違いじゃ
ないの?
集団じゃなくて
一人で歩いてたんだ。
あれは人間だよ!
この街にもまだ
いたんだ!



危ないよ、
こんな所を
進んで。
いいんだ、
それより早く
外に出ないと。
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……じゃ、俺は
先を急ぐんでな。

あっ……
ちょ……
ちょっと待って‼︎
もう行っちゃうの⁉︎

ほかの人間に
会ったのはすごく
久しぶりなんだ!
もっと話を
聞かせてくれ
ないかな?
……何だよ。

君の持ってる
それは武器……
なんだよね?
警官4体を一瞬で
やっつけたけど、
いったいどんな
仕掛けなの?

お礼もしたいし、
よかったら僕の
所に来ない?
………。
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33

おや、子供とは珍しいのう。
どこからおいでなすったのかね、
そこの 。
ああ、こいつ確か……
カズミん所にいるガキですよ。


……そうか、じゃ、
お前の名前は今日から
テル、だ。
僕の……名前?

カズミ、お前、
自分のガキに
何やってるんだ!
いいのよ!
こうするのが の
ためなんだから!
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34

この場所のことは絶対に
誰にも秘密だぞ、テル。
うん、お兄さん。

テル、逃げろ‼︎

……う、うーん。
そうじゃな、それはきっと
わしらが大人だから……
お前さんはまだ
子供だからのう……

、おいで。
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部屋はたくさん
余ってるから、
どこでも
好きに使って。
何か要るもの
があったら
言ってね。

変なやつ……



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……いや、俺は
この街の出身じゃないぜ。
ここよりずっと
北の地方から来たんだ。
タスクのいた
所にはまだ人が
いるの?

いたのなら、
旅には出なかった
かもしれないな。

地元以外のことは
正確には分からな
いが……
もう、ここより北に
人間は一人も残って
ないんじゃないか。

やっぱテル
みたいな人間は
珍しいんだな。
みたい
だね。

どうする〜?
僕まで街から
いなくなったら。
ん……?
別にどうも。
野良に戻る
だけだよ。
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またまたぁ、
お前に野良猫が
務まんの?
……。
ばかにするなよ、
僕だって昔は……

………あれ、
どうかしたの?
え、い、いや、
別に何も……

?……
その反応、
まるで大人たち
みたい……

もしかして、
君も猫の言葉が
分からないの?
猫の……
言葉…?

そ、そうか……
トムの声、タスクには
聞こえてなかったんだ。
僕、てっきり
……
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子供ならみんな
猫の言葉が分かるって
わけじゃないのかな?
この街には
お前以外にも
いたのか?
動物とお話し
できる子供が。

あっ、僕のこと
疑ってるでしょ!
猫たちは本当に
しゃべってるんだよ!
君には聞こえないかも
しれないけど!
分かった、
分かった。

ククク。
信用されてない
みたいだなぁ。

そうだ!

僕たちがちゃんと会話
できてるんだってことを、
今から証明してみせるよ。
証明
だと?
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トム、その場で
3回回ってニャン!
って言うんだ。
はぁ?

僕はれっきとした猫だぞ。
そんな犬みたいなまねが
できるか。


ちょ、ちょっと〜!
こういうときに協力して
くれないと困るよ〜。

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50


これはな、
“日本刀”というんだ。
二本……刀?
200年近く前に
使われなくなった
古い鉄の剣さ。

この一本は俺の家に
昔からあったやつでな。
一本?

それで、その
武器には何か秘密の
機能が?
は?
そんなんじゃ
ねぇよ。
ただ、警官どもには
こんな年代物の武器への対処法は
記録されてないってことさ。
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51


やつらは所詮機械だからな。
未知の武器が相手だと途端に
ぎこちない動きになるんだ。
その隙に外装が弱い部分を
切ればショートして壊れる。
狙いやすいのは首だな。
なるほど
なぁ。

あ……うわさを
すれば。

よし、テル。やつらを
少し間引いてやるか。
え、何するの?

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53


……なぁ、テル。
お前も自分の刀を
持ったらどうだ?

自分のって?
丸腰じゃ何かと不便だろ?
探せば同じようなのが
見つかると思うぞ。
いくらこの街でも
博物館の一つぐらいは
残ってるだろうし。

そうだ、
俺のを試しに
触ってみるか?

!
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54

………。

い、いや、遠慮するよ。
僕には使いこなせそう
にないし……。
ふうん……
ま、無理にとは
言わねぇけど。


あ、でも銃を警官に
向けるのは絶対駄目だぞ。
まじでやばいことになる。
う、うん。
そうだね。


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55

お前本当に漢字が
苦手なんだな。
もっと勉強
しないと。
……それ、よく
言われるよ……

誰に?
別によくない?
大抵の本には漢字の上に
ひらがな書いてあるし。

ばかだなぁ。
そりゃ子供用の
本だからだよ。
大人用の本には
読み仮名なんて
ないんだぞ。

大人用の本なんて
一生読まないし。
やれやれ……
しゃーねぇな。
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⁉︎
えっ?
何これ⁉︎

と、鳥の形に
なってる……
……やっぱり
見るのは初めてか。

信じられない……
紙を折ったり伸ばしたり
しただけでこんな……
お前、折り紙知ら
ないで今までよく
生きてこられたな。

すごいなぁ。
タスクは博識
なんだなぁ。

ねっ、もう一回。
もう一回教えて。
ああ、構わんよ。

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67

………のことが……
だったのでしょう?

……になるのは
だけよ。
分かったかしら?

奇麗でしょう。
これも、あれも……
あなたにあげるわね。


ついに
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68

わしらも南方行きか。
長かったような
短かったような……。
第一区住民の方は
指定の避難ステーションに
移動してください。

! !
どこに行ったの!
隠れてないで出ておいで!
この地域は危険区域に指定
されました。住民の皆様には
避難命令が発せられています。

放して!
まだ がどこかに……

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71

……共和国が
よく見えるね。
けっ。
嫌な風景だぜ。

テル、お前、虹が
どうしてできるか
知ってるか?
日光ってのは一見すると
単色の光だが、大気中の
雨粒に分解されると……
???

……まぁ、とにかく、
太陽は青空の下で
見るのに限るよ。


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73

……南方だ。

それが俺の
目的地。
俺はどうしても南方入り
しなきゃならねぇんだ。
だから……

……そんなの、
警官にエスコートして
もらえば早いのに。
わざわざ歩いて行く
必要なんて……

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74

武器……。
タスクは向こうに、
武器を持ち込むつもり
なんだ……。
でも、いったい
何のために……。

……そういうお前は
なぜここにいるんだ?

僕?
ほかの人間と一緒に街を出て
りゃあ、少なくとも食い物に
困ることはなかったはずだ。

そうだな……
ここには……
街の外には持ち出せない
ものがあるから……
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75

お前にとって……
そんなに大切な
ものなのか?
みんなと離れ離れに
なってまで……
……秘密。

それがお前んちの
地下にあるものか?

悪かった、
悪かったって。
詮索する気は
ないんだ。

さて……そろそろ
戻ろうぜ。俺は明日の
支度をしねぇと。
え……
あ、ああ……
うん。
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77

明日になったら……
タスクがいなくなる?
なぜだろう……。
とても嫌な気持ちだ。
胸がざわざわする。
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78


とにかく、
どうにかしてタスクを
引き止めないと。
このまま何が何だか
分からないまま
お別れなんて嫌だ。

ああ、もう、
落ち着かない。

……ははーん。
そういうことか。

そういうこと
って何だよ。
僕にはよく分かるよ。
テルがなんで
いらいらしてるのか。

恋だよ。
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79

はぁ⁉︎
つーまーりー、
好きになっちゃったんだよ。
テルが。タスクを。

僕が……?
恥ずかしがることない
んだよ。テルだってもう
お年頃なんだから。

いやいやいや……
やっぱりそんなの
ありえないって。

だってタスクは
男の子だよ。
僕は女の子じゃないし、
男の子を好きになる
はずがないよ。
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80

ほら……
カズミ姉さんも
言ってただろ。
男の子を好きに
なるのは女の子
だけだって……

ぼ、僕には人間の
雄と雌の区別はよく
分からないし。

くそっ、猫に
相談した僕が
ばかだった。
でもさぁ、結局は
自分自身の心に聞く
しかないじゃん。

離れたくない……
って気持ちは
本当なんでしょ。

…………。
なら、それを
ぶつけるしか
ないよ。
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81

……なぁ、トム。
お前、本当は言葉を
しゃべってなんか
いないんだろ?
なんだ、
やぶから棒に。

僕は本当は
頭が変になった
ただの子供で……
僕たちのこの会話も、
全部僕の勝手な妄想
なんじゃないのか?

………はっ。
何を言い出す
かと思えば。

そんな問いを
当の僕に投げかけても
意味などない。
僕の口から答えを聞いても、
それも君の妄想かもしれない
のだから。
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83

は、入ってもいい?
ちょ、ちょっと話が
あるんだけど……

おう、改まって
どうした。

こんな夜更けに
人の部屋……


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86

お、お前……
な、何?
その服。

こ、これはね、
昔、カズミ姉さんに
もらったものなんだ。

あ……カズミ姉さんって
いうのは昔この街で一緒に
暮らしてた人で……
僕の親代わり
だった人。
いや、だから
………

僕や姉さんは最後の
南方避難グループに
入ってた。
でも僕には
大事な使命が
あったから……

……。
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87

出発の直前、こっそり
みんなのもとを
抜け出したんだ。
もう2年ほど
前の話だ。

それから2年間……
人間に会ったことは
ただの一度もなかった。

寂しくはなかったよ。
トムやほかの猫たちが
いたから……

でも、君が現れて……
変わったんだ。
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88

君は僕が知らない遊びを
いっぱい知ってて……

ううん、遊びの
ことだけじゃない。

それ以外にもいろんな
知識があるし……

君と一緒にいると、
この街が何倍にも広くなるような……
そんな気持ちになるんだ。

お願いします。
ここを出ていくのは
やめてください。
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89

また元の生活に戻るなんて
耐えられない。君とずっと
一緒にいたいんです。

その代わり……
僕のことは好きなように
扱ってくれて構わない
ので……

よ、寄るな!

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96

なんで大通りに?
まさか正面玄関から
出たのか⁉︎
何してるんだ、
早く戻ってこい‼︎



ばか……今あいつが
このビルに戻ってきたら
警官も付いてくるぞ。
ここを家宅捜索
されたいか?
………。

あっ、
待てよ!
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100


なんだ猫か。
動物と判明、
無視します。
…


拘束器具を装着、
避難者として連行
させていただきます。

く、くそ……

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102

2名は避難者を最寄りの
避難ステーションに移送せよ。
ほかは警らを再開。
了解。



……テル、
あいつら行った
みたいだよ。
…………。

追わなくて
いいの?
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103

……知らない。
知らないって、
おい、テル……

何とかしないと
あいつは……

別にいいだろ!
警官に捕まった
からって……
死ぬわけじゃない。
南方送りになる
だけだ。

あいつは南方に行こう
としてたんだ。だから
同じことじゃないか。
でも、それが
こんな形で終わる
なんて……

何が変わるんだよ!
今更あいつを助けに
行ったって……
104ページ目
104

どっちにしろこの街から
いなくなるんだ。
助けてなんかやらない。
僕のものにならない
なら……あんな奴
どうなってもいい。

……もう。

本当は思って
ないだろ、
そんなこと。

トム。
行こうぜ、
テル。
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105


好きな子のピンチなん
だよ、駆けつけなきゃ。
あの警官どもから
彼を取り戻そう。
大丈夫、
きっと全部
うまくいくよ。

こんなところで
諦められない
だろ?

…………
…………。
……そうだね。
僕、行ってくる。
106ページ目
106

よし、
その意気だ!

僕も付いてって
やるよ。
きっと猫の手も
借りたいぐらい忙しく
なるだろうからね。
……。

113ページ目
113


旧日本国自衛隊の
兵器を確認。
条例に基づき、
当地区は戦闘地域に
指定されました。
各機は直ちに住民の
避難誘導、保護を
開始してください。

共和国軍に通達し、
支援を要請……
……2、1、
タイムアウト。
妨害電波です。
通信不能。
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114

輸送ドローンによる
情報の中継を提案。

人民輸送船2158号、
了解。
地元警察の要請を受け、
これより当機は通信可能高度
まで上昇、共和国軍に……

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122

……あ、
ありがとう。

今ベルトがないんだ。
少しの間、さやを
持っててくれるか?
うん。


126ページ目
126

あの警官、
僕らを探して
るのかな?
さぁな……
通常の巡回
っぽいが。

はぁ……

いったい何を
隠してるのかとは
思ってたが……
まさかお前んちの地下に
こんなくそでかい武器が
置いてあったとはなぁ。
127ページ目
127


この建物と装備品は
知り合いのお兄さんが管理
していたものなんだ。

お兄さんの前は
別の仲間が……
そうして代々、
秘密裏に受け
継がれてきた。

お兄さんが
殺されて……

僕が彼らの仕事を
引き継いだ。
128ページ目
128

ここにある装備品は
どれも貴重なもの
ばかりなんだよ。
実は弾も燃料も……
もうほとんど残って
ないんだ。

だからいざって
時まで絶対使う
なって……

でも、今日ぐらいは
いいよね。君を助ける
ためだったから……

あっ……

あ、
あのさ。
昨日のことは、
その……
つまり……
129ページ目
129

昨日はすまなかった。

お前を傷つける
つもりはなかった。

それから、今日は
ありがとう。
お前がお前の大切な武器を
臆せずに使ってくれたおかげで
俺は助かった。

僕の方こそごめんね。
君を脅かすつもりは
なかったんだ。
僕は
ただ……

130ページ目
130

これはあくまで
確認なんだが。
あの服はお前が普段
一人でいるときに
着ているものなのか?

ち、違うよ。
普段は絶対、
あんな服は着ない。
けど、タスクは
もう街を出るって
言うから……
それが嫌で……
でもタスクは
男の子だから……

カズミ姉さんは……
その、女の子じゃないと
おかしいからって……
…………。

……………
……そうか。
……ばかだな、
お前は。
131ページ目
131

……まぁ、無理もねぇ
よな。お前にろくな
知識がなくても。

雨ばかりが降る、
この壊れた世界で……
寒さをしのぐために、
大人たちはいろんなものを
火にくべちまった。
大昔の本とかな。

お前の性指向も性自認も
全部お前自身が
生まれ持ったものだ。
それを人のために
偽ったりねじ曲げる
必要はねぇんだよ。

あの、言ってる
意味がよく……
132ページ目
132

お前は恋愛は
男と女でないとできないと
思っているようだが……
別に男同士でも
できる。

はぁ?
お前がありのままの
お前でいてくれたら……
その、俺としても嬉しい。

……あ、え?
どういうこと?
い、いきなり言われ
てもよく分からない
っていうか……

だってカズミ姉さんの
言ってたことは……
138ページ目
138


大昔に建設された
長距離鉄道の線路跡だ。

この上を行けば
警官に見つからずに
街を出られるはず。
わざわざ
見送りさせて
すまないな。
141ページ目
141

かつて、この街には
1400万の人々が住んでいたという。