第1話 人間の騎士
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今から200年前──
世界を脅かす魔王は
勇者の手によって倒され、
封印された。
だが、
魔王は封印の直前、
世界に一つの
「呪い」を残した。
人間どもよ、
せいぜい苦しめ。
そして滅びるがよい。
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第1話
人間の騎士
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副長!
あまり前に
出過ぎるな!
ははっ。
置いてきますよ、
隊長!
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突撃‼︎
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魔王軍の
残党どもを…
皆殺しに
するのだ‼︎
隊長さん。
隊長さん。
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う…ん…
隊長さん。
起きてください。
…ああ、
なんだ?
そろそろ王都が
見えてきましたよ。
下車の準備を。
今のは……
夢か……。
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駅に着いたら
出迎えとか
あったりして。
なんせ戦争の
英雄の凱旋
ですからね。
あるわけないだろ、
皮肉を言うな。
私は英雄じゃない。
でもあなたの
名前は王都でも
うわさですよ。
人間でありながら
最前線での活躍で
百人隊長になった…
伝説の騎士、
ナオミ・
カザモーラ。
ふん。
その伝説とやらも
君が持ってきた
この手紙のせいで
終わりだ。
「副都騎士団所属
カザモーラ百人隊長殿、
9月21日付で王都騎士団
への転属を命ずる」
良かったですね。
王都行きってことは
栄転でしょ。
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いいや。君ら連絡員は
そうかもしれないが、
私たち騎士にとっては
戦いが本分だ。
平和な王都に
騎士の任務など
なきに等しい。
王都行きは
左遷さ。
悪い方に考え
過ぎじゃない
ですかねぇ。
今回の人事も
きっと上層部の
思いやりです。
身体の弱い人間の
あなたを過酷な戦場
から遠ざけようと…
……もはや戦場に
人間など不要、
というわけだな。
まぁ、
実際そう
でしょう。
今やこの世は
私たち
人猫の時代!
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軍事、商業、政治……
あらゆる分野の中枢を
もふもふの種族が
支配しているのですから。
人間の時代なんて
とっくの昔に
終わったんですよ。
この辺りは
昔と変わら
ないな。
あっ!
あれって花嫁行列
じゃないですか?
ほら見てください、
神殿に続く道に…
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ふん、
気に食わない。
いやぁ、
華やかです
ねぇ。
いいから
行くぞ。
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王都騎士団本部
君には政府施設の
警備を担当してもらう。
警備……
ですか。
着任は明日の夕方、
ここに書いた住所に
向かいなさい。
長旅で疲れたろう。
今日はゆっくり
休んでおくように。
宿泊場所は…ああ、
君はこの王都に
実家があるんだな。
はい、そう
ですが…
君にとっては
久しぶりの故郷だろう。
家に戻ってご家族に
顔を見せてあげなさい。
…………。
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…そうさせて
いただきます。
ただいま。
まぁ…!
あなたなのね。
お帰りなさい。
ナオミ。
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…母様。
副都のグーベン殿とは、
結局…正式な婚約には
至らなかったそうね。
残念だわ。
……はい。
お母さんが新しい
結婚相手を見つけて
あげるから。
あなたも
頑張って
ちょうだい。
母様、私には無理です。
今更結婚なんて
気持ちには…
ナオミ。
気持ちの問題では
ないのですよ。
ふさわしき相手を見つけ、
お家を守り、
人類に貢献するのは
全ての人間の義務です。
お母様のおっしゃる
通りよ、お姉様。
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お役目も果たさず、
好き勝手ばかりして
ずるいわ。
あなたが王都を
離れている間に
あなたの妹は相手を
見つけました。
へぇ…
それはどなた
ですか。
隣町の男爵家の
ご子息です。
家柄も良く、
社会的地位も高い。
申し分ない相手よ。
正式な婚約はまだ
ですけど、このまま
順調にいけば……
なんだよ、その
出し抜いてやった、
みたいな顔。
別に悔しくねぇよ。
悔しがって
くれないと
困ります。
おーい、
けえったぞー。
あら、お父様
だわ。
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おお、こりゃ
珍しいな!
よく戻ったなぁ、
ナオミ!
父様。
お久しぶり
です。
どうだ、
仕事の方は。
職場のみんなとは
仲良くしてるか?
わっはっは!
は、はい。
そりゃもう…
副都では部下も
沢山できましたし
……
ですが……
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………わ、私は
王都騎士団に転属に
なりましたので……
今後はもっと
頻繁に帰って
こられるかと…
おお、そうかそうか!
よく分からんが、
良かったなぁ!
やぁー、よくできた
娘が二人もいて
父ちゃんは鼻が高いぞ。
わっはっはっは!
……ナオミ。
お父さんは
ああ言って
おられるけど。
人間のあなたが
騎士の仕事なんて
いつまでやっても
仕方がないのよ。
早くどこかに嫁いで、
お母さんを安心させて
ちょうだい。
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はぁ…
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住所…
合ってるよな。
警備を担当
しろと言ってた
けど……
政府施設……
って、
これか?
“総理大臣官邸”
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本日配属になった
カザモーラさんですね。
お待ちしてました。
いやぁ、珍しいですね。
人間の騎士さんなんて
私、初めて見ました。
人間の騎士も
そんなに珍しく
ないですよ。
なんだか中の方が
騒がしいですね。
ええ、実は邸内で
パーティの真っ最中
でしてね。
総理のお客様が
大勢いらしてて……
私たち事務員も対応に
追われてるんです。
ベルプルちゃん!
ちょっと……
え、でも…
ああ、
大丈夫です。
私は一人で。
すいません。それでは
警備部長の部屋に行って
ください。場所は……
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それで、こいつらが
総理のお客様…ね。
お偉い方が
寄り集まって
宴会か。
平和ボケも
甚だしいな、
王都の連中は。
…なんと140年
ぶりだそうだ。
世も末
ですなぁ…
……
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…ん?
あれは…
…パーティの
客の連れ人か。
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こんなところで
何を……
だ、誰だ…?
……あっ。
新顔か?
どうやって
入った?
は……?
は、はぁ。
私は本日、
騎士団から派遣されて
きた者ですが。
ふうん……
なるほど。
人間の騎士、ね。
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うんうん、
ふっふっふ。
困ったやつだ。
なっ…
なんですか⁉︎
ちょっと来るのが
早すぎるぞ。
これは後でおしおきが
必要だな。
私はすぐにでも会場に
戻らねばならんのだ。
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でもその前に……
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キャッ!
何をするんだ、
この酔っ払い‼︎
ああああああ
あああああ‼︎
痛い痛い
痛い痛い‼︎
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怪しいやつめ。
絡む相手を
間違えたな。
つまみ出す前に
もっと痛め付けて
やろうか。
あ…
いあ…
一体どうした
んですか⁉︎
警備の者か。
こちらのご婦人は
少々お酒を飲み過ぎた
ご様子。
裏口にお連れして
外の空気を吸わせて
あげなさい。
そのまま
お帰りになるまで
必ず見届けること。
に、人間の
騎士…⁉
大丈夫ですか、
立てますか?
まったく、
油断も隙もない。
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君がカザモーラ
隊長か。
警備部長の
ハナハッカだ。
急な異動に応じてくれて
助かるよ。この警備部も
今はてんやわんやでね。
ご命令と
あれば。
どこも人手が
不足している
ようですね。
まぁ、忙しいのは
今だけさ。
この引き継ぎが
終われば
ひと段落だよ。
引き継ぎ?
どなたのですか?
なんだ、
聞かされていな
かったのか。
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君に与えられた職務は
次の警備部長だ。
君は私の
後任だよ。
わ、私が
警備部長…
ですか?
官邸警備部は
総理の身の安全を
お守りする、
国家の重要部署……
部長任命は
最高の栄誉と
心得よ。
は、し、しかし…
私に務まる
でしょうか。
なに、私のような
老人にもできる
仕事だ。
人間の君でも
問題はない
だろう。
………
お、もうこんな時間か。
そろそろ総理の演説が
始まる時間だ。
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例のパーティ会場
でな。
我々も行こうか。
は、はい……あの、
あれってなんの
パーティなんですか?
総理の
引っ越し祝い
だよ。
引っ越し祝い?
今引っ越して
きたんですか?
それも知らな
かったか?
まぁ、無理もない。
つい先日まで
君は最前線にいた
のだったしな。
先週、王国議会の総選挙が
あったのだよ。
その結果、政権が変わって
新たな総理が誕生したのだ。
新たな総理、ですか…
このにぎやかなパーティは
彼自身の戦勝祝いも
兼ねてるわけですね。
あ、ああ。
だな。
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それで、
総理は一体
どちらに…
あ!
あいつ……
つまみ出した
はずなのに…!
カザモーラ君、
どうしたんだ?
なんで
まだ邸内に
いやがる⁉︎
お、おい!
君!
ああ、
さっきの…
あのご婦人は
帰るまで見てろ
と言った
じゃないか!
え…? ですから、
言われた通り
帰ってくるまで
見届けましたが。
……は⁉︎
何を話してる
のかね、静かに
してなさい。
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お集まりの皆様、
ご静粛に願います。
総理大臣の
お言葉です。
警備部長、
それが……
本日は我が新居に
お越しくださり、
ありがとうございます。
改めまして
自己紹介をさせて
いただきます。
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先日、国王陛下のお招きで
組閣の大命を授かり、
この館の主人となりました…
総理大臣の
サンドラ・ベテグラース
と申します。
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我がベテグラース内閣は、
この停滞した社会において
国難を打破すべく……
来たるべき激動の…
時代を…………
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私は嫌です‼︎
この人の部下には
なれません!
ああ、そうだ!
私も反対だ!
私の官邸に
こんなバカを
置けるか!
なんで
すって⁉︎
総理‼︎
わがままを
おっしゃっては
なりませんぞ!
君もだ!
言葉を慎み
なさい!
警備部長!
この人はですね、
さっき私に
いきなり……
だ、だってまさか
本物の人間の騎士が
実在するなんて
知らなかったし…
はぁ?
その…コスプレ
かと思って…
てっきり私の客
かと……
35ページ目
こ…この……
この……
変態セクハラ
ババア‼︎
うるさい、
暴力バカ‼︎
二人とも、
いい加減に
しなさい!
総理、人間が
総理大臣になるのは
実に140年ぶりの
ことなのです。
この人猫時代では
前例のないことで、
私たちも特別な対応
が求められます。
総理にご同行し、
身辺警護を行うのも
私たち官邸警備部の
任務だからです。
人猫による警護
だけでは自ずと
限界がある…。
この者ほど次期警備部長に
適した騎士はおりません。
同じ人間で隊長経験もある。
ふざけるな!
だったら身辺警護
なんか要らん!
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これは騎士団本部の
勧告です!
総理といえど無下には
できませんぞ!
とにかく!
私は認めない
からな!
やれやれ…
……総理が人間だから、
私が人間だから……
ただそれだけの理由で
私は副都を離れなければ
ならなかったんですか。
冗談じゃない。
私を副都に……
副都に戻して
ください。
…何か副都に
こだわる理由が
あるのかね?
………。
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君も戦場が
恋しいのかね?
最前線での
名誉ある戦いが。
…………。
……警備部長に
なっても、
副都には行けるぞ。
……どういう
意味ですか。
さっきも言ったが、
身辺警護も警備部の任務。
総理が地方に行く場合は
一緒に同行するのだ。
実際、二都間を
行き来する
機会は多いぞ。
例えば……3か月後!
諸外国のトップが集まる
副都サミットが開催される。
当然我らが総理も出席する。
あの総理に
ついていけば、
副都に行ける…
戦場に戻れる
わけではないが
………
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ほら、向こうは
魔物も多いし治安も
悪いし…戦いだって
あるかもしれん。
どうだ、
それで納得して
くれんか。
…分かりました。
警備部長の
職務……
謹んでお受け
いたします。
よし、
よく言った!
では、
前任者として
君に最初の
命令を下す。
総理大臣と仲直り
しなさい。
……。
39ページ目
今から200年前、
世界を脅かす魔王は
勇者の手によって
倒され、封印された。
だが、
魔王は封印の直前、
世界に一つの
「呪い」を残した。
新婦よ、
新郎に誓いの
小刀を。
私はこの小刀を、
愛と、尊重と、
そして信頼の証として
あなたに預けます。
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『この日、この時より先、
生まれ出でる人の男児は
全て獣の姿をとるであろう。』
魔王の言葉通り、
その日を最後にこの世界で
人間の男児が誕生することは
二度となくなり……
では新郎よ。
その小刀で花嫁の
信頼を試しなさい。
代わりに、まるで
猫のような姿をした赤子が、
人間の女児と同じ数だけ
生まれ始めたのである。
『人間どもよ、
せいぜい苦しめ。
そして滅びるがよい。』
41ページ目
しかし、
それでも人類は
滅びなかった。
人から産まれた獣と
人間の女の間にも
子供ができることが
判明したのだ。
命をつなぐため、
女たちは獣と交わる
ことを余儀なくされた。
種族の違いを越えた絆が、
今ここに結ばれた。
新たな夫婦に大地の精霊の
祝福があらんことを。
やがて時代が下り、
人間の男が絶滅した後も
状況は変わらず……
世代が交代するにつれ、
男たちの存在は
人々の記憶から消えていった。
42ページ目
かくして「男」と「女」という性別は無くなり……
人類は
「人猫」
フェリスマン
と
「人間」
ヒューマン
という二つの種族に分けられ、
区別されるようになった。
43ページ目
そしてこれは……
人猫に支配された社会の中で生きる、
二人の人間の物語である。
何が騎士団本部の勧告だ。
何が無下にできないだ。
私を誰だと思ってる。
あんな生意気な
人間を側に置くなんて
まっぴらだ。
いつかクビにしてやる。
手柄を立てて上層部を
見返してやるぞ。
副都サミットはその
第一歩だ。
いずれは本当に
副都に戻ってみせる。
こんなふざけた職場、
辞めてやる。
44ページ目
あんなやつと
ずっと一緒だなんて……
絶対にお断りだ‼︎
TO BE CONTINUED...