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今から200年前──

世界を脅かす魔王は
勇者の手によって倒され、
封印された。

だが、
魔王は封印の直前、
世界に一つの
「呪い」を残した。
人間どもよ、
せいぜい苦しめ。
そして滅びるがよい。
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駅に着いたら
出迎えとか
あったりして。
なんせ戦争の
英雄の凱旋
ですからね。

あるわけないだろ、
皮肉を言うな。
私は英雄じゃない。
でもあなたの
名前は王都でも
うわさですよ。

人間でありながら
最前線での活躍で
百人隊長になった…
伝説の騎士、
ナオミ・
カザモーラ。
ふん。

その伝説とやらも
君が持ってきた
この手紙のせいで
終わりだ。

「副都騎士団所属
カザモーラ百人隊長殿、
9月21日付で王都騎士団
への転属を命ずる」
良かったですね。
王都行きってことは
栄転でしょ。
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いいや。君ら連絡員は
そうかもしれないが、
私たち騎士にとっては
戦いが本分だ。
平和な王都に
騎士の任務など
なきに等しい。

王都行きは
左遷さ。
悪い方に考え
過ぎじゃない
ですかねぇ。

今回の人事も
きっと上層部の
思いやりです。
身体の弱い人間の
あなたを過酷な戦場
から遠ざけようと…

……もはや戦場に
人間など不要、
というわけだな。

まぁ、
実際そう
でしょう。
今やこの世は
私たち
人猫の時代!
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軍事、商業、政治……
あらゆる分野の中枢を
もふもふの種族が
支配しているのですから。

人間の時代なんて
とっくの昔に
終わったんですよ。



この辺りは
昔と変わら
ないな。
あっ!

あれって花嫁行列
じゃないですか?
ほら見てください、
神殿に続く道に…
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王都騎士団本部

君には政府施設の
警備を担当してもらう。

警備……
ですか。

着任は明日の夕方、
ここに書いた住所に
向かいなさい。
長旅で疲れたろう。
今日はゆっくり
休んでおくように。

宿泊場所は…ああ、
君はこの王都に
実家があるんだな。
はい、そう
ですが…

君にとっては
久しぶりの故郷だろう。
家に戻ってご家族に
顔を見せてあげなさい。
…………。
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…母様。

副都のグーベン殿とは、
結局…正式な婚約には
至らなかったそうね。
残念だわ。
……はい。

お母さんが新しい
結婚相手を見つけて
あげるから。
あなたも
頑張って
ちょうだい。

母様、私には無理です。
今更結婚なんて
気持ちには…

ナオミ。
気持ちの問題では
ないのですよ。
ふさわしき相手を見つけ、
お家を守り、
人類に貢献するのは
全ての人間の義務です。
お母様のおっしゃる
通りよ、お姉様。
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お役目も果たさず、
好き勝手ばかりして
ずるいわ。

あなたが王都を
離れている間に
あなたの妹は相手を
見つけました。
へぇ…
それはどなた
ですか。

隣町の男爵家の
ご子息です。
家柄も良く、
社会的地位も高い。
申し分ない相手よ。
正式な婚約はまだ
ですけど、このまま
順調にいけば……

なんだよ、その
出し抜いてやった、
みたいな顔。
別に悔しくねぇよ。
悔しがって
くれないと
困ります。

おーい、
けえったぞー。
あら、お父様
だわ。
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………わ、私は
王都騎士団に転属に
なりましたので……
今後はもっと
頻繁に帰って
こられるかと…
おお、そうかそうか!
よく分からんが、
良かったなぁ!

やぁー、よくできた
娘が二人もいて
父ちゃんは鼻が高いぞ。
わっはっはっは!

……ナオミ。
お父さんは
ああ言って
おられるけど。
人間のあなたが
騎士の仕事なんて
いつまでやっても
仕方がないのよ。

早くどこかに嫁いで、
お母さんを安心させて
ちょうだい。

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本日配属になった
カザモーラさんですね。
お待ちしてました。
いやぁ、珍しいですね。
人間の騎士さんなんて
私、初めて見ました。
人間の騎士も
そんなに珍しく
ないですよ。

なんだか中の方が
騒がしいですね。
ええ、実は邸内で
パーティの真っ最中
でしてね。
総理のお客様が
大勢いらしてて……
私たち事務員も対応に
追われてるんです。

ベルプルちゃん!
ちょっと……
え、でも…

ああ、
大丈夫です。
私は一人で。
すいません。それでは
警備部長の部屋に行って
ください。場所は……

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うんうん、
ふっふっふ。
困ったやつだ。

なっ…
なんですか⁉︎
ちょっと来るのが
早すぎるぞ。
これは後でおしおきが
必要だな。

私はすぐにでも会場に
戻らねばならんのだ。
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君がカザモーラ
隊長か。
警備部長の
ハナハッカだ。

急な異動に応じてくれて
助かるよ。この警備部も
今はてんやわんやでね。
ご命令と
あれば。
どこも人手が
不足している
ようですね。

まぁ、忙しいのは
今だけさ。
この引き継ぎが
終われば
ひと段落だよ。

引き継ぎ?
どなたのですか?
なんだ、
聞かされていな
かったのか。
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君に与えられた職務は
次の警備部長だ。
君は私の
後任だよ。

わ、私が
警備部長…
ですか?

官邸警備部は
総理の身の安全を
お守りする、
国家の重要部署……

部長任命は
最高の栄誉と
心得よ。
は、し、しかし…
私に務まる
でしょうか。

なに、私のような
老人にもできる
仕事だ。
人間の君でも
問題はない
だろう。
………

お、もうこんな時間か。
そろそろ総理の演説が
始まる時間だ。
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例のパーティ会場
でな。
我々も行こうか。
は、はい……あの、
あれってなんの
パーティなんですか?

総理の
引っ越し祝い
だよ。

引っ越し祝い?
今引っ越して
きたんですか?
それも知らな
かったか?
まぁ、無理もない。
つい先日まで
君は最前線にいた
のだったしな。

先週、王国議会の総選挙が
あったのだよ。
その結果、政権が変わって
新たな総理が誕生したのだ。

新たな総理、ですか…
このにぎやかなパーティは
彼自身の戦勝祝いも
兼ねてるわけですね。
あ、ああ。
だな。
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それで、
総理は一体
どちらに…
あ!

あいつ……
つまみ出した
はずなのに…!

カザモーラ君、
どうしたんだ?
なんで
まだ邸内に
いやがる⁉︎

お、おい!
君!
ああ、
さっきの…

あのご婦人は
帰るまで見てろ
と言った
じゃないか!
え…? ですから、
言われた通り
帰ってくるまで
見届けましたが。

……は⁉︎
何を話してる
のかね、静かに
してなさい。
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お集まりの皆様、
ご静粛に願います。
総理大臣の
お言葉です。

警備部長、
それが……
本日は我が新居に
お越しくださり、
ありがとうございます。

改めまして
自己紹介をさせて
いただきます。
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先日、国王陛下のお招きで
組閣の大命を授かり、
この館の主人となりました…
総理大臣の
サンドラ・ベテグラース
と申します。
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我がベテグラース内閣は、
この停滞した社会において
国難を打破すべく……

来たるべき激動の…
時代を…………

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私は嫌です‼︎

この人の部下には
なれません!
ああ、そうだ!
私も反対だ!

私の官邸に
こんなバカを
置けるか!
なんで
すって⁉︎
総理‼︎

わがままを
おっしゃっては
なりませんぞ!
君もだ!
言葉を慎み
なさい!

警備部長!
この人はですね、
さっき私に
いきなり……

だ、だってまさか
本物の人間の騎士が
実在するなんて
知らなかったし…
はぁ?
その…コスプレ
かと思って…
てっきり私の客
かと……
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35


こ…この……
この……
変態セクハラ
ババア‼︎
うるさい、
暴力バカ‼︎
二人とも、
いい加減に
しなさい!

総理、人間が
総理大臣になるのは
実に140年ぶりの
ことなのです。
この人猫時代では
前例のないことで、
私たちも特別な対応
が求められます。

総理にご同行し、
身辺警護を行うのも
私たち官邸警備部の
任務だからです。

人猫による警護
だけでは自ずと
限界がある…。

この者ほど次期警備部長に
適した騎士はおりません。
同じ人間で隊長経験もある。
ふざけるな!
だったら身辺警護
なんか要らん!
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36

これは騎士団本部の
勧告です!
総理といえど無下には
できませんぞ!
とにかく!
私は認めない
からな!

やれやれ…

……総理が人間だから、
私が人間だから……

ただそれだけの理由で
私は副都を離れなければ
ならなかったんですか。
冗談じゃない。
私を副都に……
副都に戻して
ください。

…何か副都に
こだわる理由が
あるのかね?
………。
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37

君も戦場が
恋しいのかね?
最前線での
名誉ある戦いが。
…………。

……警備部長に
なっても、
副都には行けるぞ。

……どういう
意味ですか。
さっきも言ったが、
身辺警護も警備部の任務。
総理が地方に行く場合は
一緒に同行するのだ。
実際、二都間を
行き来する
機会は多いぞ。

例えば……3か月後!
諸外国のトップが集まる
副都サミットが開催される。
当然我らが総理も出席する。

あの総理に
ついていけば、
副都に行ける…
戦場に戻れる
わけではないが
………
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ほら、向こうは
魔物も多いし治安も
悪いし…戦いだって
あるかもしれん。
どうだ、
それで納得して
くれんか。

…分かりました。

警備部長の
職務……
謹んでお受け
いたします。
よし、
よく言った!

では、
前任者として
君に最初の
命令を下す。

総理大臣と仲直り
しなさい。
……。
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39

今から200年前、
世界を脅かす魔王は
勇者の手によって
倒され、封印された。
だが、
魔王は封印の直前、
世界に一つの
「呪い」を残した。


新婦よ、
新郎に誓いの
小刀を。

私はこの小刀を、
愛と、尊重と、
そして信頼の証として
あなたに預けます。
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40

『この日、この時より先、
生まれ出でる人の男児は
全て獣の姿をとるであろう。』

魔王の言葉通り、
その日を最後にこの世界で
人間の男児が誕生することは
二度となくなり……
では新郎よ。
その小刀で花嫁の
信頼を試しなさい。
代わりに、まるで
猫のような姿をした赤子が、
人間の女児と同じ数だけ
生まれ始めたのである。

『人間どもよ、
せいぜい苦しめ。
そして滅びるがよい。』
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しかし、
それでも人類は
滅びなかった。

人から産まれた獣と
人間の女の間にも
子供ができることが
判明したのだ。

命をつなぐため、
女たちは獣と交わる
ことを余儀なくされた。

種族の違いを越えた絆が、
今ここに結ばれた。
新たな夫婦に大地の精霊の
祝福があらんことを。

やがて時代が下り、
人間の男が絶滅した後も
状況は変わらず……
世代が交代するにつれ、
男たちの存在は
人々の記憶から消えていった。
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かくして「男」と「女」という性別は無くなり……
人類は
「人猫」
フェリスマン
と
「人間」
ヒューマン
という二つの種族に分けられ、
区別されるようになった。
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そしてこれは……
人猫に支配された社会の中で生きる、
二人の人間の物語である。

何が騎士団本部の勧告だ。
何が無下にできないだ。
私を誰だと思ってる。

あんな生意気な
人間を側に置くなんて
まっぴらだ。
いつかクビにしてやる。

手柄を立てて上層部を
見返してやるぞ。
副都サミットはその
第一歩だ。

いずれは本当に
副都に戻ってみせる。
こんなふざけた職場、
辞めてやる。